ナヒチェヴァン自治共和国 をご存じですか?
ナヒチェヴァンはアゼルバイジャンの飛び地にある自治共和国で、アルメニアとイランに挟まれた場所に位置しています。
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この地は旧約聖書の『ノアの箱舟伝説』とつながりが深く、ナヒチェヴァンという言葉は『最初の休息地』を意味し、世界を滅ぼす大洪水を経て箱舟がアララト山に漂着した後、船から降りたノアたちが定住した場所と言われています。
ちなみに前アゼルバイジャン大統領ヘイダル・アリエフ氏の出身地でもあります。
『史跡の宝庫』とも呼ばれ、中世の貴重な建物などが多く残されています。
今回は謎に満ちたナヒチェヴァンの魅力的なスポットをご紹介!
・モミネ=ハトゥン廟

ナヒチェヴァン市の市立公園内にある、高さ25メートルの霊廟です。『アタベク・ドーム』とも呼ばれます。12世紀にこの地を支配していた『アタベク』(=貴族の称号)のジャハン=パフラヴァンが母であるモミネ=ハトゥンのために建設しました。
建造当時は霊廟は34メートルあり、周りにはミナレットやモスクなどが建てられていたそうですが、現在残っているのは霊廟部分のみです。
・ガラバグラー廟
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ナヒチェヴァン市から北西に30キロのガラバグラー村にある霊廟。写真手前の2本のミナレットは12~13世紀ごろに建てられ、奥の青い霊廟は14世紀に後から建てられたものです。
この霊廟は謎に包まれており、誰が建てたのかも、誰のための霊廟かもわかっていません。2本のミナレットをつなぐ門(これも14世紀に後から増築)のところに、チンギス=ハンの孫であり、イル=ハン国の創始者フレグの妻『クトイ=ハトゥン』の名が記されており、彼女のための霊廟ではないかと考えられています。(ここでモンゴルとのつながりが出てくるのが面白いですね。)
霊廟は美しい幾何学文様で装飾されており、その模様自体が文字になっています。そこには『アッラーのほかに神はなし。ムハンマドは神の使徒なり』などの言葉が記されています。しかし、クトイ=ハトゥンはキリスト教徒だったそうなので、イスラム教のお墓に葬られているのも謎です。夫であるフレグの母ソルコクタニ=ベキもキリスト教徒であり、その死後にはキリスト教の教会に葬られています。
クトイ=ハトゥンの息子の3代目君主テグデルが、幼少期はキリスト教だったものの、後にイスラム教に改宗しているので、もしかしたらテグデルが母のために建てたもの・・・? と、いろいろ考察が広がる霊廟です。
・ノアの墓

先もご紹介した通り、ノアの一家が大洪水の後に最初に定住した場所と言われており、ノアの霊廟もナヒチェヴァン市内にあります。もともとは1階部分の建物と、地下につながる階段のみがありましたが、2006年に塔の部分が増設されました。地下の墓所にある柱の下には、ノアの骨が埋まっていると言われています。
・アゼルバイジャンのマチュピチュ『アリンジャガラ』

ナヒチェヴァン市から東に40kmほどの山にある要塞。その見た目から、『アゼルバイジャンのマチュピチュ』と呼ばれます。
1世紀ごろには既に要塞があったとされ、9世紀には年代記にその要塞の名が登場します。山のふもとから山頂にかけてまで堅牢な城壁が建てられ、何世紀にもわたり戦略的な要衝となっていました。14世紀末、中央アジアの名将ティムールの侵略から14年間も耐え抜いた難攻不落の要塞として知られています。
・アシャビ=カフの洞窟

ナヒチェヴァン市近郊にある洞窟。『7人の眠り聖人』の伝説の舞台と信じられています。『7人の眠り聖人』は、キリスト教やイスラム教に伝わる伝説で、各地でいろいろなバリエーションが語られてきました。
大まかなあらすじは【宗教迫害から逃れてきた若者たち(+犬)が、洞窟で夜を明かそうと眠りに落ちると、次に目覚めたときには約300年が経っており、迫害のない時代にタイムスリップしていた】というもの。
地元ではこの洞窟がその場所であると信じられ、人気の巡礼スポットとなっています。
・ナヒチェヴァン要塞

ナヒチェヴァン市内にある要塞跡。『イェジダバード城』とも呼ばれます。7世紀、ササン朝最後の皇帝ヤズデギルド3世によって建設され、モンゴル軍の侵略によって破壊されたと言われています。敵を追い詰める罠や、300人を収容できる洞窟の避難所、川に通じる地下の隠し通路なども見つかりました。2010年に修復作業が始まり、現在は歴史博物館となっています。
・ヘイダルモスク

2023年6月15日 『国民救済の日』(ヘイダル・アリエフ前大統領を記念した祝日)にナヒチェヴァン市にオープンした新しいモスク。ヘイダルモスクというと、首都バクーのものが有名ですが、出生地であるナヒチェヴァンにも、彼の名を冠するモスクが建てられました。ブルーのドームとミナレットが美しい建物です。
今回はアゼルバイジャンの飛び地、ナヒチェヴァン自治共和国をご紹介しました。マイナー中のマイナースポットですが、モンゴルや中央アジア、中東の歴史などと深く絡んでいる、まさに史跡の宝庫。
現在はアゼルバイジャン本土から飛行機でしか行けませんが、現在アルメニアとの関係が回復しつつあり、アクセスが良くなることが期待されています。
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